ネットから突然去ると言うこと

たまに、考える。

当然ながら誰だって、事前に予告したり入院したりという段階を踏んで死ぬわけじゃない。事故も事件もあるんだよ。

そうした場合、当然ながら全ての活動が途絶えてしまう。もしこれがインターネットを介しての交流がなく、かつ日常で顔を合わせるコトもないヒトならば、残念ながら何も知らずに時が過ぎ行くだろう。昨今は年賀状の遣り取りもしないヒトが多いので、死亡通知もいただけなさそうだし。共通の友人知人が報せてくれたらどうにか、かな。

しかし例えば Facebook, Google+, mixi, twitter... イマをトキメク SNS で繋がっていて、かつ平生ある程度以上の活動を見せる相手が急にウゴカなくなったとするなら、それは気に掛かっておかしくない、と思う。思いたい。クラスメイトが妙に長引く「風邪」を引いたり、同僚が出勤時刻となっても連絡なく姿を見せないようなモノで。

戯れに、そういうトキは何が出来るか考える。もちろん何も出来ない。メールアドレスや電話番号を知っていたとして、下手にアクションを起こした方が余計な世話なのではという懸念がある。もしかしたらそのコミュニティに飽きただけかもしれない。もっと楽しいコミュニティへ引っ越しただけかもしれない。だいたい原因がわたしだったらどうする。わたしだけには何も伝わらないような権限設定をされているだけだったらどうする。

そもそもどれくらいの期間、姿が見えなければ憂慮すべき事態なのだろうか。それも、個々人でまったく違うはずだ。各コミュニティにおける足跡の間隔が異なるように。

結局は、便りの無いのは何とやらとばかりに、大過なく平穏な生活が続いていると思い込むことにしている。そうするしかないだろう、と。

アカウントの削除は、もうその場にそのペルソナで現れはしないという意志だろうから、そういう意味での心配はあまりないかな……ただ、達者で暮らして欲しい。

「友情は季節に咲く花」

厳しくもあるが、
友情は永遠という固定観念の縛りから、
私たちを解放してくれるような、力ある言葉だ。

コレを読んでいた。